この根性無しが。

そう言われて腹が立って、なにくそと踏ん張って根性を見せられる人の方が地球上には多いのだろうか。



「この根性無しが」

と、面と向かってはっきりと言われたわけではない。
そんなキツい言い方してないし、本人はそんな意味を込めて言ったわけではないかもしれない。

それでも私にはそう聞こえたのだ。



小一時間かかる作業を、半分の時間以下で出来ないかと言われた。
何か無駄があるんじゃないかと言われた。

でも、私は無駄な工程を挟んでいるつもりは全く無い。
寧ろ生真面目に丁寧に仕事をしていると思う。

経験値はさほど変わらない筈の他の人と、何故こんなにも作業スピードが違うのか。
私だって甚だ疑問に思っていたくらいだ。



何だ?
何が違うんだ?
もはや時の流れが狂ってるんじゃないか?



そんなふうに思いながら、自分の作業について考えてみた。

そして、ふと思ったのだ。





…………作業スピードの違いの原因は遅い方にある、って、そんなの決め付けじゃないか?






経験値はさほど変わらない同期やアルバイトの、速さとミス。
先輩が店を閉めた日の翌日の朝、ちまちまと出てくる夜作業のやり残し。

遅いと言われるけれどミスはせず、やり残しを片付けるのも仕事のうちだと律儀にきっちりこなす私。



私が原因……なのか……?
本当に……?
私が丁寧にやるからいけないのか……?
抜きどころを覚えろって話か?
抜けてたら「ちゃんとして」って怒られるのに?
手を抜いていいの?
みんなが“ちゃんと”すれば、私ももう少し速くなるし、みんなは少し遅くなるけど、漏れや無駄の無い仕事が出来るんじゃないの?
スピードばっかり意識するから、肩身の狭い新人が皺寄せを抱え込んでしまうんじゃないの?

そうじゃないにしても、人間ずっと歩き回って仕事してたら疲れるし、8時間もずっと疲れた顔を見せずになんて無理な話だし、元々体力も無いから余計疲れるし、そんな中でもミスをしないで丁寧に仕事をしているだけ偉くないか?





つーかさ、そういや考えてみれば、私は昔からスピードを求められるとダメなんだ。

急いで家を出ると忘れ物をする。
急いで字を書くと間違える。
急いで化粧するとミスる。
急いで着替えると前後ろ間違える。
急いで喋ろうとすると何も言えなくなる。

急いでいると頭の回転が追い付かない。

丁寧さで褒められたことはいくらでもあるけど、スピードで褒められたことは一度も無い。
体力を褒められたことも無いし、鍛えようと思ったことも無いから、速さを出そうとすると一瞬で、そのうえ余計に疲れてその後に響く。





ふむ……………………この仕事、向いてないなぁ。

“好き”の部分、ちょっと狭すぎたな。
大好きなことほどのんびりやりたいから、好きすぎても仕事に出来ないけど。

大して好きでもないうえに、興味の無い部分が多いんだよな。

給料で許してるみたいなところあるよな。
給料少なかったらこの仕事選んでないもんな。

多少お金貰えなくてもいいかな。その分頑張ればいいよな。って思える仕事を探すべきだった。



後悔、に、なってしまっている。
本当に後悔するかどうかは、今後の自分で決まるんだけど。

今感じているこれは、後悔だな。

悔しいけど。私は選択を誤った。

私としたことが、私自身と向き合いきれていなかった。
就活を早く終えたくて、“一般的に内定が出る時期”に内定を貰っておきたくて。
“普通”に、“ちゃんと”、卒業して就職したくて。

流されたんだ、私は。
その一時の怠惰な欲望に流されたんだ。
流されて、面接官と一緒に自分のことまで騙しやがったんだ。

“普通”じゃなくなるのが怖かったんだ。
“普通”なんか無いって、あれだけ学んできたのに。



なんて居心地の悪いぬるま湯なんだろう。





ここで頑張り続けたくない。
だって、向いてない。

“向いてない”って、きっと“苦手”と違うんだ。

この仕事、苦手じゃない。
向いてない。
頑張れば、抜きどころを覚えれば、きっと私ここで働いていられるけど。
私そういうの嫌だ。
私が抜いて、誰かに皺寄せを回収してもらって素知らぬ顔をするなんて嫌だ。

周りが手を抜いてるんじゃなくて、単に私の作業が遅いだけだったとしても、私がスピードを上げるには手を抜くしかないんだから。

スピードを上げなきゃいけない。
でも手は抜きたくない。
両方のニーズに応えられるほど、私は頑張れない。





こういうの、世間では「根性無し」って呼ぶんだろうか。

……そう罵られても、なにくそと踏ん張れないあたり、本当に向いてない。